ありがとうみさき公園
春休み。満開の桜の下でレジャーシートを広げてお花見。
動物の鳴き声と獣のかおり。そして海の匂いが漂う。
「キャー‼️」の楽しい悲鳴もジェットコースターの音と共に聞こえてくる。
幼子の「キャー😆🎵」の声も負けじとと聞こえる。
桜が美しくそして広々してゆったりとした穏やかな時間が流れる
それが今のみさき公園の風景だった。
63年の歴史を終える「みさき公園」
大阪でも南、南海電車やJR阪和線沿線の人びとには子どもの時の思い出。親となって子と来る思い出。祖父母になって孫と一緒にきた思い出。たくさんの思い出を作った「遊園地」皆、みさき公園の「卒園生」になる。
みさき公園の思い出といえば子どものころ「早見優」の握手会があるときき、大大渋滞。今のコロナウィルスでは信じられない位のヒトヒトヒト。
「夏色のナンシー」と言うレコードを買った人が優ちゃんと握手できる。
「ミーハー」(死語)な姉の願いを叶えるべく、おらが田舎にアイドルが来た!で物珍しくもあって親も動いたが、まぁ大渋滞のイライラと黒山の中に、白いドレスで聖子ちゃんカット。顔は見えなかったけどあれが「早見優」だろうなぁと認識した。
自分が親になったら「みさき公園」に行く道が大渋滞だと「あー今日は仮面ライダーショーか戦隊ショーだな」とわかる。
私がみた「早見優」のステージは「仮面ライダーショー」として今も子ども達の目をキラキラさせていた。
1980年代。動物園、水族館、遊園地、プール
4つのゾーンに別れていて、動物園→水族館で時間を使い、子どもが疲れてきたところで遊園地。乗り物代を浮かせる親のお決まりコース。
水族館に行く道には化石が発見されてそのまま展示され、「えーこんなところに?」知ってるヒトは知っている。
そしてその道には天然の「カニ」が自由に歩いている。
動物園で、自由に散歩していたのは「ほろほろ鳥」だったか、捕まえられそうて捕まえられない。赤カンガルーの繁殖に力を入れていたと記憶している。たくさんカンガルーがいて親しんだ。
今の趣向を凝らした動物園も楽しい、が、子どもの時にみたみさき公園の動物園も「アフリカ」を感じたものだ。猿山で餌をやり、ライオンとおいかけっこする。ぞうは優しく、キリンは大きかった。
水族館には赤海ガメ、青海ガメが「狭い!」と言わんばかりに元気に泳ぎ、ヒレで水をひっかけてくれた、
イルカショーにアシカショーもあった。
「CM撮影するので協力してくれる?」
夏休みだったか友と遊びに来たときにスタッフに声かけられる。平日だからお客さんがすくない。だから「満席でキャー😆😆😆😆」
の乗り物の映像を撮りたいのだ。
もちろん🆓で乗せてもらえてまた「いつもより長く」乗せてくれたので、降りたらフラフラ💫😵🌀プールではモデルさんがもちろん水着でポスターの撮影をしていた。
後日みさき公園のCMをみたとき、あの「キャー😆😆😆」の声の一人は私だ‼️とニヤケていた。
たくさんの思い出をありがとう😆💕✨
コロナウィルスでなければもっともっと「卒園生」が盛り上げただろうに。
ここでもさみしい「卒園式」が行われる。
でもみさき公園での思い出は私たちの心で生きている。
桜は地福寺の垂れ桜。ここも地元の子安さんです。